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リベラリズムの歴史 「今をどう生きるか」

リベラリズムは過去の思想ではなく、私達が今の時代をどう生きるかの思想です。

リベラリズムの歴史

法の目的
「法の目的は国家の強制力のコントロールであり、法は強制力そのものではなく、
 国の強制力に正当性を与えるものである」(ロナルド・ドウォーキン)。

リベラリズムの誕生
その立法基準についてベンサム(Jeremy Bentham,1748-1832)は1789年発表した「道徳および
立法の諸原理序説」(An Introduction to the Principle on Morals and Legislation)の中で、
”最大多数の最大幸福”("The greatest happiness for the greatest number ")を絶対的正義と
する功利主義(utilitarianism)を唱えました。

その後を継いだ、ジョン・スチュアート・ミル(Johm Stuart Mill,1806-1873)は、大衆世論や一部の
専制によって個人が圧殺されることを憂慮して、1859年「自由論」(On liberty)で、国家・社会が
個人の選択に介入することのできるのは、他者に危害が加えられる場合に限られるという危害
原理(Harm principle)を提唱し、以後、国家・社会が個人に介入することを制限する考え方を
リベラリズムと呼ぶようになります。

リベラリズムは西側先進国だけの思想か?
 2007年に76歳で亡くなったリチャード・ローティの言葉です。
「西側先進国が政治的リベラリズムを許容する社会を作ってきたからこそ、リベラリズムは価値
を持つのであって、そのような歴史を共有しない社会では政治的リベラリズムは存在しないし、
正当化もされない。」

近年の急速な経済発展で自信を強めた中国は、人権を抑圧する強権国家との批判に対して、
「個人の尊重・人権」を基本理念とするリベラリズムを西洋的価値感と捉え、リベラリズムの強要
は国家主権の侵害であると威嚇しています。全体主義国家の独裁者はリベラリズムが嫌いです。

戦前の国家主義的価値体系から日本国憲法の個人の尊厳を最高の価値とする個人主義的
価値体系へ転換した筈の日本でも、「個人主義や普遍的な価値などにこだわるリベラリズムは、
伝統を無視した根無し草だ」等の批判があります。
大丈夫、「日本の汚職の伝統は生きていて、元気である。」
(耐震偽装を伝えた2005年11月29日・英国BBCニュース)

リベラリズムこそ日本の伝統です。
 既得権益を守ろうとする欲たかりの能なしに限って、リベラリズムを「伝統を無視した根無し草だ」
 と批判するけど、それは違う。リベラリズムこそ日本古来の正統な伝統(Arthodox Tradition)です。

 あのね、日本古来の柔道、剣道、茶道などスポーツや文化で「○○道」というものに共通して
 いるのは、最初と最後に相手に礼をすることだよね。礼に始まり、礼に終わる。
 礼をするってことは、相手に尊敬の念を伝えるってことだよね。
 相手を見下したり、相手に悪意や敵意をもっていたら礼なんかしない。

 野茂さん、イチローさん、大谷翔平選手がやってきたのは「野球道」なんだ。だから尊敬されてる。
 ベースボールプレイヤーはたくさんいるけど、彼らの「野球」と「野球道」は違うって事わかるかな?
 もっといおうか? サッカーの国際試合で、選手がロッカールームから退場するとき、「スタッフに
 感謝して、来た時よりも、きれいにして帰ろう」と率先してやり出したのが天才キッカーといわれた
 小野伸二選手。今ではどの国際競技の会場でも日本人サポーター達の行動が賞賛されている。

 ※ 日本人のお辞儀は時には欧米人のジョークの種にされる。
   「サッカーの日本戦でゴール前でフリーキックを得たときは、蹴る前に一旦お辞儀をしろ。
    そうするとゴール前で壁を作っている日本人選手たちは一斉にお辞儀をして頭を下げるから、
    その隙に蹴り上げろ。ボールは選手の頭上を越えてゴールに飛び込んでいくだろう。」

 日本の真の伝統は世界が尊敬して評価するリベラリズムだよ。自信もっていい。
  新渡戸稲造 著 「Bushido、the Soul of Japan」
       「5.社会心理学からみた管理組合」  ⇒「もう一つの視点:ELSI」

2021年、日本人の平均寿命は84歳(男性81.47歳、女性87.57歳)。1940年代生まれ、80代の
日本人にとっては、生まれてから今に至るまで、欲たかりで能なしの権力者が世の中を自分達に
都合のいいパターナリズムで支配する社会でした。彼らに日本の伝統をいう資格はない。

同時代人で現代リベラリズムの潮流を築いた法哲学者達 (・・・の中の一部です。順不同)

○ アイザイア・バーリン(Isaiah Berlins) 1909.6.6-1997.11.5 (88歳で没)
○ ジョン・ロールズ(John Bordley Rawls) 1921.2.21-2002.11.24 (81歳〃)
○ ハーバート・ハート(Herbert Lionel Adolphus Hart) 1907.7.18-1992.12.19 (85歳〃)
○ リチャード・ローティ(Richard Mckay Rorty) 1931.10.4-2007.6.8 (76歳〃)
○ ロナルド・ドウォーキン(Ronald Dworkin) 1931.12.11-2013.2.14 (82歳〃)
○ ロバート・ノージック(Robert Nozick)    1938.11.16-2002.1.23 (69歳〃)
○ チャールズ・テイラー(Charles Margrave Taylor) 1931.11.5 -   (2023年現在 92歳)
○ アマルティア・セン(Amartya Kumar Sen)※ 1933.11.3 -     (2023年現在 90歳)
                ※ (1998年インド人としてアジア発のノーベル経済学賞受賞)
○ マイケル・サンデル(Michael Joseph Sandel)  1953.3.5 -    (2023年現在 70歳)
○ 井上 達夫                   1954.7.30 -    (2023年現在 69歳)

現代の物権法の法哲学者達 (・・・の中の一部です。順不同)

共同住宅(コンドミニアム)関係法は民法の中の物権(所有権・用益物権と担保物権等の
制限物権・専有権)に関する物権法(Property Law)が基礎になっていますが、現在、この分野
において世界中で論文が引用されている法学者を挙げておきます。(2023年現在)

ジェレミー・ウオルドロン(Jeremy Waldron) / リチャード・アレン・ポズナー(Ricard Allen Posner)
ジョセフ・シンガー(Joseph Singer) / ハノック・ダガン(Hanock Dagan)
ヘンリー・スミス(Henry Smith) / ラリッサ・カッツ(Larissa Katz)
クリス・ダリー(Chris Daly) / ジェフリー W. ロ−ランド(Jeffrey W. Roland)
フランシス・フクヤマ(Francis Fukuyama),Trust:The Social Virtues and the Creation of Prosperity
            (New York:Free Press,1995) 
ジョン・クゼンスキー(John C Kuzenski)、”Making Room at the Table:The Public Policy Dangers
            of Over-Reliance on Black-Letter Contract Terms in State Common Interest
            Community Law” 7 Appalachian Journal of Law 35.
ロバート・エリクソン(Robert Ellickson)、”Cities and HomeOwners Associations”(1982)130 U Penn
            L Rev 1519
ヘンリー・ハンスマン(Henry Hansmann)、”Condominium and Cooperative housing Transactional
            Efficiency、Tax Subsidies、and Tenure Choice”(1991)20 J Leg Stud 25.
ー他ー

ジョン・ロールズの時代

第二次世界大戦以後、ソ連との冷戦下にあったアメリカでは1950年前半、共和党のマッカーシー
(Joseph McCarty)上院議員らによる思想信条差別「赤狩り」が行われていました。1960年代に
始まったベトナム戦争ではメディアを通じて戦争の実態が伝えられたことで、「アメリカの正義」
への疑念が高まり、1963年の人種差別に反対するワシントン大行進、1964年「公民権法」制定
と続く中で、法哲学の分野でも、これまでの「正義(Justice)」を問い直す批判哲学(Critical Legal
Studies 略称;CLS)が誕生します。
そのような時代の1971年、ロールズは「正義論(Theory of Justice)」を発表します。

ロールズは、それまで支配的であったベンサムやミルらの古典的功利主義を批判し、
「公正としての正義」("justice as fairness"1985年刊行)を提唱します。

その後、ロールズの提唱した「所得再分配を通じた福祉国家」というモデルを批判してノージック
(Robert Nozick)は、1974年「アナーキー・国家・ユートピア」を発表。所得再配分のための私的
所有権に対する規制は一種のパターナリズムであって政府の恣意的な干渉であると批判します。

ロールズの提唱した「善に対する正義の優越」は、無意味な仮想であり、リベラリズム的な個人
主義は、家族や地域などとのつながりを欠いた負担なき自我にすぎないとし、共通善の必要性
と価値を主張した共同体論(communitarianism)のマイケル・サンデル(Michael J.Sandel)や
チャールズ・テイラー(Charles Taylor)などの批判を受け、ロールズは1985年発表論文「公正と
しての正義(Justice as Fairness)ー形而上学的ではなく政治的」で、政治的リベラリズムを提唱し、
更に2001年、「正義論」の改訂版「Justice as Fairness A Restatenment」を発表しています。

参考図書

○ 「法哲学」 瀧川裕英 宇佐美誠 大屋雄裕 共著 (出版社)有斐閣 2014年12月15日初版
  (ISBN978-4-641-12567-4)C1032 世界の法哲学の流れをていねいに解説した本で、3人の
  法哲学者による「法哲学の基礎を正確かつ客観的に教えてくれる教科書」です。A5版396頁

○ ジェイソン・レスリー 「物権法における多元主義とコンドミニアムの法的構成形式」
  © Jason Leslie 2015 " Pluralist moral theory in the philosophy of property and
    the legal form of the condominium " Published by The University of British Columbia
  ※ 日本語版は出版されていない。原典PDF版(A4版全212頁)
   第1章「序章」-[視点・法的リアリズム]・[アプローチ・理論と教義]・[方法論]
   第2章「幸福と権利」-[功利主義]・[義務論]・[併合と収用]
   第3章「多元主義的アプローチ」・[概要・人間の繁栄・価値・相互依存性]・[多元論と財産論]
       ・[多元主義の評価]
   第4章「コンドミニアム」-[コンドミニアムの諸形態]・[現実主義者のアプローチ]・[コンドミニアム
       の意味]
   第5章「哲学者とコンドミニアム」-[3つの視点・判例分析・共有財産権の行使・リースの制限]
       [共用部]・[管理組合の解散と競売による個人の強制退去]・[専有部の管理と専有]
   第6章「結論」 (判例分析から)
        1.財産権に対する功利主義的アプローチはコンドミニアムとは伝統的に相容れない。
        2.義務論的アプローチから多元主義的アプローチへと向かう傾向にある。
        3.個人の価値感とコミュニティの社会的相互作用における意思決定の価値感の衡平
          キャロル・ローズ「結晶と泥」、「住宅法制改革第U期報告書」についての解説


(2023年8月12日初版掲載・随時更新)
(Initial Publication - 12 Aug 2023/ Revised Publication -time to time)