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1. 調査・診断の目的と種類

1.調査・診断の目的

 マンションの快適な居住環境を確保し、資産価値の維持・向上を図るためには、建物調査診断で現況を把握した上で、 建物等の経年劣化に対して適時適切な修繕工事等を行うことが重要です。

2.調査・診断の種類

  (1) 定期的な調査・法定点検
  (2) アフター点検の期限が切れる前の調査
  (3) 長期修繕計画を作成するための調査
  (4) 修繕工事のための事前調査
  (5) 工事発注後の調査
  (6) 住宅性能評価書のための現況調査
  (7) 不動産投資・取引のための現況調査
  (8) 耐震診断


(1) 定期的な調査・法定点検 ( Regular inspections )

人の健康に関する学校や職場での定期健康診断と同じように、
建築・設備にも人への安全性を確保するための定期検査が義務付けられています。
 詳しくは  【次頁】 2.定期報告制度

(2) アフター点検の期限が切れる前の調査 ( Building envelope inspection )

この診断の目的は、主に「建設時の施工不備」や「現況と竣工図面との違い」等のチェックになりますので、 「法医学的分析( Forensic analysis )」を要する特定目的のための検査といえます。

この調査・診断は経験と知識を持った第三者の専門家による診断であることが報告書の信頼性を保証する上で非常に重要です。

専門家とは建築・分譲事業者と特定の利害関係(vested interest)を持たない者( Specialist who does not have a vested interest) というのが欧米の倫理コードに規定されている条件ですが、 日本では住宅を分譲した会社の系列管理会社が調査診断業務を請負い、 分譲した親会社に不利な診断は行わない自己取引双方代理と利益相反行為が堂々と行われています。

分譲建築物の施工時の不具合は第三者による診断によって初めて判明することになりますが、 その場合でも、アフター点検の期限が切れる前であれば、 交渉もスムーズに進みやすくなります。

(3) 長期修繕計画を作成するための調査

長期修繕計画を作成する方法には次の4段階のレベルがあります。
@〜Bは建物診断をせずに机上の予想だけで修繕項目と工事費の概算を求める方法で、 管理会社の作成する長計の多くは@のレベルです。

 @平均的なモデルデータを流用、
 A設計図書から部位別に修繕項目を予想、
 B過去の工事実績を基に予想 (第1回目の大規模修繕を実施した後の計画)
 C建物診断を行い修繕実施設計を基に作成(最も精度と信頼度が高い)
     長期修繕計画の作成方法

 Cの建物診断を行い修繕実施設計を基に長計を作成する場合、 建物全体のあらゆる箇所の損傷や劣化度を調査して、総合的・長期的に修繕の必要な箇所や修繕時期を策定します。

調査箇所:
 躯体、外壁、廊下、階段などの塗装の劣化やクラック(ひび割れ)、給排水管の錆び、汚れ、閉塞状況、 手摺や扉、非常階段、駐車場設備などの鉄部の塗装、受水槽・高置水槽の劣化、 ポンプやファンなどの磨耗など建築附帯設備全般

(4) 修繕工事のための事前調査

建物全体のあらゆる箇所の損傷や劣化度を調査して、その部位の適切な修繕方法を具体的に策定する修繕実施設計を行います。

外壁の再塗装工事を行うとき、塗膜の劣化原因(紫外線、湿度、結露など)や劣化の程度に応じて下地剥離をどの範囲までするか (モルタルまで撤去再生するか、表面だけ剥離するかなど)を決定するために調査を行います。

また、給排水管の材質、経過年数、ねじ切り接合部の施工方法と劣化の程度を調査して、 およその修繕方針(更正、修繕、取替え)を決定した後に、部屋タイプ別で異なる施工方法、工事金額の算定のために行う調査など、 工事内容をより明確にするための調査があります。
共用部の重大変更にあたる場合や、 公開緑地など敷地の総合的設計制度に関連する制限事項に抵触する場合もでてきますから、 規約や法令などとの整合性の検討も必要になってきます。

  大規模修繕前の建物診断の詳細は  「大規模修繕」 6.建物診断 を参照ください。

(5) 工事発注後の調査

外壁クラックやタイルの浮きなどを全面にわたり詳細に調査するには足場をかけなければできません。 費用との兼ね合いで、修繕工事に入って仮設足場をかけてから、あらためて全面を目視、打診等で調査し、 補修方法ごとにマーキング等で補修範囲を特定し、実数清算項目の増減査定を行います。
     「コンサルタント選びの落とし穴」 (2)実数精算項目の増減査定

残念なことに大規模修繕の際に新築時の施工不良が発覚することは、決してめずらしくありません。 修繕工事のための事前調査で常識では考えられない不具合が発見された場合、どうするのか?、 それはコンサルタントのスタンスが最も問われる場面です。

事例1:
「工事着工後、新築時の施工不良が発覚しました。 築年数から通常であれば売り主側(施工会社はすでに倒産)による補修対応は期待できないところでした。 しかし、NPOのコンサルタントが交渉にも協力していただいたおかげで、売り主側を納得させることができ、 無事、補修工事までさせることができました。自分達だけでできることではありませんでした。 非常に感謝しているのと同時に第三者の立場のコンサルタントの必要性を強く感じました(築18 年)」

事例2:
「工事の途中で外壁タイルの浮きが予想をはるかに上回っていることが明らかになりましたが、 建設した会社と粘り強く、交渉、折衝していただき、一定の譲歩を引き出すことができました(築12 年)」

     「コンサルタント選び、工事の結果」    (PDF 360KB)

(6) 住宅性能評価書のための現況調査

「住宅の品質確保の促進等に関する法律」(品確法)・平成27年(2015年)4月1日改正施行)に基づく 「住宅性能表示制度」の性能表示基準と評価基準は、既存住宅では7分野29項目に及びます。
(新築時に建設住宅性能評価書が交付されていない既存住宅の場合は6分野16事項)

「住宅性能表示制度」の本来の目的は既存住宅売買の当事者間で物件情報を共有化し、 契約の透明性と円滑化をはかるために、 法律に基づいて第三者が作成した公正な評価書を提供することです。

欧米におけるデユー・ディリジェンス(due-diligence)・インスペクションをまねて作られた制度ですが、 住宅性能表示制度の適用は強制ではなく売買当事者間の選択に任されており、 利益相反・自己取引双方代理が当然の不動産業界では必要がなく、余計なコストがかかることは避けます。

躯体・外壁・防水などの劣化状況の調査は勿論のことですが、 結露や臭気、防音、安全対策、美観、バリアフリー、情報・通信機能の向上、 エコ対策など、さまざまな居住性能を評価します。
グレードアップを検討するための総合的な基礎データにもなります。

グレードアップを検討する場合、その機能のために必要な設備の設置場所や設置後の維持・保守の方法、 電力・ガス・給排水などのエネルギーと環境の負荷など関連する項目を総合的に検討していきます。

ただし、評価機関は施工不良や瑕疵の原因究明などは行いません。 また、評価機関は建物の現況を評価して成績表を発行するだけで、その後に実際に必要な修繕の具体策については関与しません。 建物自体をどう修繕し維持していくかは所有者側の問題です。

評価報告書には有効期限があり、 有効期限が過ぎた報告書は売主が買主に対して検査時の状態で引き渡すことを約束する書類としては使えません。 有効期限は築10年以内は5年、築10年以上で適切な維持管理計画がある場合は3年以内、それ以外は2年以内です。
その他、詳しくは  7. 既存住宅の性能表示制度 を参照ください。

品確法による住宅性能表示を実施する評価機関は国交省から認可を受けなければなりませんが、 品確法によらずに同様の評価業務を行う民間検査会社(下記(7))も存在します。

(7) 不動産投資・取引のための現況調査

(不動産投資・取引におけるエンジニアリング・レポート作成のための調査)

デユー・ディリジェンス(due-diligence)とは、当然履行されるべき(due)誠実さ(diligence)という意味の不動産取引で使われる用語で、 具体的には不動産投資・取引で要求される品質確認調査報告書(エンジニアリング・レポート)作成のための調査(inspection)を行い、 当事者はリスク回避のためにエンジニアリング・レポートを添えて投資・売買契約を行うことをいいます。

エンジニアリング・レポートには、建物状況調査、遵法性調査(建基法や消防法、関係法令への適合性)、修繕更新費用の算定 、 再調達価格の算定(同程度の建築物を新築する場合の一般的な建設費の想定額)、 建物環境リスク評価(建物環境の汚染の現状や将来の状況悪化の可能性)、土壌汚染リスク評価、地震リスク評価(地震PMLの算定)などが記載されます。

検査会社は、施工不良や瑕疵の原因究明、建築主との交渉は行わないことを調査業務の引受け条件にしているのは(6)と同じです。

(8) 耐震診断

旧耐震基準で設計された建物を、現行の構造基準(耐震基準)をもとに耐震性を確認します。
構造耐震指標(GIS)は保有水平耐力(Qu)を[必要保有水平耐力(Qun) × 重要度係数(I) ×補正係数(α)]で除した値です。 一貫構造計算プログラムを用い、許容応力度設計を含めて検討を行います。
一般に構造耐震指標(GIS)が0.6未満の建物は耐震改修の対象となります。

補正係数(α)は靭性能とモデル化による補正係数を劣化係数(U)で除した値ですが、 この、劣化係数(U)は現地調査により、経年係数(T)及び品質係数(Q)を求め、劣化係数 U=min(T,Q)を算出します。
経年係数(T)とは、経年劣化により性能の低下を表わす係数であり、品質係数(Q)とは、建築物が竣工当時、既に 持っていた品質の程度を表わす係数です

 鉄筋コンクリート造の劣化係数(U)算定表

チェック項目判定基準標準値
経年係数 (T)変   形下記のいずれにも該当しない。
サッシの窓又は扉が開き難い。
肉眼で、梁及び柱の変形が認められる
建築物が傾斜しているか、または明らかに不同沈下している。
1.0
0.95
0.9
0.9
壁、柱の亀裂下記のいずれにも該当しない。
肉眼で、柱の斜め亀裂がはっきり見える。
外壁に数えられないほどの亀裂が入っている
雨もりがあるが、錆が生じていない。
雨もりがあり、鉄筋の錆がでている。
1.0
0.9
0.9
0.9
0.8
変質、剥落下記のいずれにも該当しない。
外部の老朽化による剥離が著しい。
内部の変質、剥落が著しい。
1.0
0.9
0.8
その他特殊事情による劣化(注1)特になし。
若干の低減の必要がある。
低減の必要がある。
1.0
0.9
0.8
品質係数 (Q)施工品質普通
やや不良の箇所がある。
かなりの不良箇所がある。
1.0
0.9
要判定
材料品質問題なし
問題あり(注2)
1.0
要判定

 (注1) 「特殊事情」とは、海浜又は多雨地域等の周辺環境や火災経験、
      化学薬品使用等の条件をいう。
 (注2) 骨材等に問題のある場合は、ここで低減を行う。数値は0.8〜1.0とし、
      数値と共にコメントを併記する。

  耐震改修の詳細は  「大規模修繕」 18.耐震改修 を参照ください。

2. 調査の方法

目視: 目で見て劣化状況を判断する。
打診: テストハンマーを使って音の違いからモルタルなどの浮きを判断する。
触診: 触った感触で、塗装の劣化(チョーキング)やポンプパッキンなどの劣化を判断する。
内視鏡調査: ファイバースコープを配管内部に挿入して内部の錆びや閉塞状況を判断する。
X線調査: コンクリート内部の鉄筋や配管の状況を判断する。
超音波調査: X線調査と同じ。
赤外線調査: タイル全面の浮きなどを一気に調査するために赤外線カメラで撮影して判断する。
コア抜き: コンクリート内部の中性化を調査する場合、コンクリート壁から垂直に直径60〜100mmほどの筒型サンプル(コア)、 コンクリートの圧縮強度の調査では直径100mm、長さ200mmのコアを供試体として採取します。

中性化に対する点検は外観検査が基本となるが、中性化がある程度進行し鋼材の腐食が顕在化するまでは、一般に外観上の変状は認められない。

詳細に中性化の進行を測定するには、以下の方法がある。
コア採取・はつり試験による中性化深さ試験
電気化学的手法による鋼材の腐食傾向・速度
これらの点検結果から、今後の中性化の進行深さを時間の関数として予測し、要求耐用年数との比較により、必要に応じ補強・補修を行う。

調査方法の詳細は  「大規模修繕」 6.建物診断 を参照ください。