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管理費滞納対策の国別比較

管理費滞納対策がカナダ・北米では問題にならない理由

カナダ・オンタリオ州の2013年住宅法制改革第U期報告書では、
共同住宅が抱えるさまざまな問題を系統的に徹底分析し、検討し、改革案を提案しています。
この法制改革フォーラムでは、これだけ細かな問題を取り上げて検討しているのに、
管理費と修繕積立金の滞納に関しては話題にすらなっていません。

日本では管理費と修繕積立金の滞納が管理組合の大きな問題となっているのに、
カナダではなぜ問題として一切提起されないのでしょうか。

それは、カナダ・北米では厳しい滞納対策が法的に整備され、たった3ケ月間滞納するだけで、即、
所有権も抵当権者の抵当権も効力を失って競売で強制売却されるから、滞納は問題にはならないのです。

むしろ、問題となっているのは、理事会が滞納対策にかかった費用の全額を滞納者に請求するやり方に対し、
住宅法制改革第U期報告書では、「理事会が滞納者を脅迫している」という表現すら出てきます。(*1)

それでも、3ケ月滞納した住戸に先取特権を設定して売却する方式自体には、誰も反対していない。
「人は、払わなければならないお金は、必ず払うものです」1865年、オクタビィアがメリルボーンのスラム街で
始めた住宅管理の最初から、彼女は信じていました。(*2) その住宅管理の伝統が今も連綿として続いています。


  (*1): 「第U期報告書」分析項目と推奨案 (2.財務管理) 先取り特権の公正な行使
  (*2): 「住居管理の成功は建物ではなしに熟練した管理にかかっている ー Octavia hill 」

 目 次

1.抵当権の問題      (1.1) ノンリコースローン    (1.2) リコースローン
2.先取特権の問題    (2.1) アメリカ・カナダの先取特権(Lien)    (2.2) 日本の先取特権
3.滞納対策の実務
  (3.1) 北米:カナダの滞納対策の実務
    (a)米国の事例      (b)カナダの事例(1)      (c)カナダの事例(2)
  (3.2) 機能しない日本の先取特権
     1. 先取特権の種類      2. 先取特権の競合
     3. 管理費等の滞納債権に関する区分所有法の規定    (A) 7条先取特権    (B) 59条競売
     4.これまで当Hpで取り上げてきた「滞納対策の実務」一覧

1.抵当権の問題

(1.1) ノンリコースローン: 貸付のリスクはプロである金融機関が負う(北米・カナダ)
北米・カナダはノンリコースローンです。
住宅の抵当権の価値に対して貸し付け、いざとなったら抵当権を実行して無担保債務は融資した金融機関が
負うものをノンリコースローンといいます。ローンの損失は貸し手の金融機関が負います。

リーマン・ブラザーズが破綻して消滅したのは、これらの住宅劣後債権(サブ・プライムローン)を大量に
抱え込んだからです。

(1.2) リコースローン: 金融機関は護送船団で国が守り、リスクは個人が負う(日本)
日本はリコースローンです。
住宅ローンや不動産ローンは、デフレで資産価値が下がっても、たとえ耐震偽装で建物が壊されても、
残債務が債務者個人に無担保債務として残るものをリコースローンといいます。

住宅ローンが返済不能になっても銀行は最終的には保証会社に代位弁済してもらうので、
銀行の損害は発生しません。詳しくは「管理費等滞納の背景」 を参照ください。

2.先取特権の問題

先取特権(さきどりとっけん)とは、
債権者が債務者から他の債権者に優先して自己の債務の弁済を受けることのできる担保物権のことです。

(2.1) アメリカ・カナダの先取特権

アメリカ・カナダでは、共同住宅の先取特権は、管理組合の滞納対策のためにある制度です。
共同住宅の先取特権は、管理組合の申請しか認めていません。

フェア(Fair 公正)を基本原則とする資本主義社会で誰もが平等に負担すべき共益費を払わないと
いうことは、即、アンフェア(Unfair=不公平、不当、不正)とされます。

そもそも先取特権は、共同住宅の共益費の滞納対策が目的ですから、払わない者の住戸は、さっさと
売ってしまえ、それ以外は認めないという考えです。滞納が3ケ月継続したら、管理組合は、裁判所に
先取特権の設定登記を申請します。

裁判所は、先取特権の申請を受け付けると、競売の実行に向けて、その滞納債権のついた住戸に
管財人を指名します。
この管財人は、弁護士/裁判所指名共同住宅管財人(lawyer/court-appointed condominium administrator)、
不動産仲介業者/裁判所指名共同住宅管財人(realtor/court-appointed condominium administrator)などの
競売実務担当者が任命されて競売執行に入ります。

米国の司法競売(Judicial foreclosure)では、執行官(sheriff),司法巡査(constable)などの裁判所職員が
競売(auction)を行います。米国の場合は裁判所の命令を必要としない非司法競売(non-Judicial foreclosure)
が36の州とワシントンD.C.で認められており、担保権設定契約書である売却権限(Power of sale)が設定された
信託契約(Deed of Trust)に基づき、受託者(Trustee)=譲受人(Grantee)の代理人弁護士が不動産を競売します。
担保権設定契約としては他にモーゲージ(Mortgage)がありますが、今では信託契約が一般的です。

占有部についている住宅ローンの抵当権者は、その滞納金全額と管理組合の法的手続き費用、督促
費用の全額を代位弁済しなければ抵当権を失うので、所有者が払わなければ、ローンの抵当権者が
管理組合に支払います。所有者も抵当権者も払わなければ競売に付され、抵当権も消滅します。

管理組合では、滞納が3ケ月続いたら法定の定型書式で事務的に処理して競売にかけるので、
滞納は管理組合の深刻な問題にはならない。

(2.2) 日本の先取特権

日本の共同住宅共益費の先取特権の優先弁済順位は他の抵当権に劣後する、使えない制度です。
日本では、形だけは作ったから、後は管理組合が自力でやってという欠陥制度なので、実際には面倒で
厄介で時間もお金もかかり、殆ど解決しません。滞納が長引いて解決しない問題の先に、持ち主不明放棄
住戸の問題が待ち構えています。管理不能の連鎖は広がっていきます。欠陥制度の当然の帰結です。

詳細は、(3.2) 機能しない日本の先取特権 で説明します。

3.滞納対策の実務

(3.1) 北米:カナダの滞納対策の実務

 (a)米国の事例
  引用元:[http://goldalexlaw.com/happens-dont-pay-condo-fees] マサチューセッツ州
   What Happens if You Don’t Pay Your Condo Fees? March 20, 2017 / by Deborah Gold-Alexander

  先取特権の設定登記を裁判所に申請する
   マサチューセッツ州では、共同住宅の管理組合は管理費を滞納した区分所有者の住戸に対して
   先取特権の設定登記を裁判所に申請する権利が与えられています。
   同様に遅延損害金、申請手続きの弁護士費用、管理組合の督促手続き費用も滞納した区分所有者
   に請求できます。裁判所への先取特権の設定登記申請は管理組合のみができます。

   その手続きは、管理組合が滞納した区分所有者に支払請求書を送付した日から30日と60日後に
   行います。その間に区分所有者からの支払いがなければ、滞納金全額の回収を目指して、
   担保物の受け戻し権喪失も遂行することが出来ます。抵当権を設定している抵当権者などその住戸に
   権利を有するすべての利害関係者には、当該住戸が管理費等をたびたび滞納し、現在も未納である
   ことが告知されます。抵当権者は、自分の抵当権を守るために、滞納管理費等のほかに、請求の
   あった法的手続費用を支払うことになるでしょう。

   区分所有者または抵当権者は相互に費用を弁済する責任を負っています。

 (b) カナダの事例(1)

  引用元: [https://www.urbancondo.ca/blog/who-pays-condo-fees-landlord-or-tenant] トロント市
   Who pays condo fees: landlord or tenant? October 5th, 2018 - by UrbanCondo Team

  誰が管理費を支払う? 家主、または賃借者?
   通常、家主に支払う責任があります。住戸を所有する区分所有者としての責任です。
   しかしながら、家主が賃借者の責任で管理組合に直接支払うよう賃貸借契約することも
   できます。この場合、賃借者が管理組合に直接、管理費を支払います。

  管理費を支払わなかったら、どうなる?
   もしも管理費を支払わず滞納したら、管理組合の理事会は滞納が連続して3ヶ月続いた後、
   先取特権の登記と呼ばれる法的手続に入ります。理事会は裁判所に先取特権の登記申請を
   行う10日前に警告文書を滞納している区分所有者に送付してきます。

   この状況で問題となるのは、区分所有者と居住している賃借者の両方です。
   支払う責任を持っている側がどちらかを明らかにすることは重要なことです。

 (c) カナダの事例(2)

  引用元: [: (https://hldlawyers.com/blog/condo-management-101-the-/) トロント市
   What Happens When You Can’t Pay Your Condo’s Common Expense Fees?

  管理費を滞納したらどうなるか?
   カナダでは共同住宅の区分所有者、占有者の増加は大きな流れとなって巨大な市場となりました。
   しかし、売り手の社会的な環境は整備されてはいません。住戸の所有者が管理費等の滞納に
   陥っているケースもあります。所有者が管理費等を滞納すると、理事会の理事はその住戸に
   先取特権を設定して登記することができます。このような場合、状況を改善するためには何が必要で、
   どのようにすべきか知る必要があります。このようなとき所有権紛争の専門弁護士があなたを支援する
   ことができるかも知れません。まずは、共益費先取特権について理解してください。

   カナダでは、管理組合は理事会の理事が運営しています。理事には下記の法的権限が与えられています。
   (1) 共同住宅の財務管理・(2) 建物・設備共有部の維持保全・(3) 管理規約、使用細則、
   登記事項証明書及び共同住宅法に規定された事項

    共益費とはあなたが支払う共有部の維持保全のための費用です。共有部とは、駐車場、
   共用レクリエーション施設からロビー、階段、外構までの建物・設備のことで、更に、
   管理のための人件費、法令で定められた点検等の諸費用、日常点検や清掃などの消耗品や備品、
   事務費などの費用も含まれます。
   これらの管理費とは別会計で、将来の大規模修繕に備えて、修繕積立金を積み立てています。

   区分所有者がこれらの管理組合への月額徴収費を滞納したとき、管理組合は滞納額を補償する
   ための公式の法的な安全策として先取特権を設定して登記することを求めるかも知れません。

   管理組合は滞納者に対し、債務不履行発生後90日以内に先取特権登記執行を予告する警告文書を
   発送します。管理組合は先取特権を登記した後、先取特権を行使し、この住戸を市場で売却
   することができる巨大な権力を獲得します。

  どのようにして弁護士に助けを求めるか?
   管理組合は先取特権の設定登記を求めて裁判所に提訴した最初の段階で、調停又は仲裁の段階を
   経ないで、直接、判決を求めることができます。この段階でプロフェッショナルの代理人を得ることは
   重要なことです。なぜなら、この交渉の機会をとらえて友好的に問題を前進させて解決へと導く
   ことができるかもしれないからです。他の重要な点は、管理組合は先取特権の設定登記にかかわる
   法的手続き費用の全額を区分所有者に負担させることができるということです。
   言い換えれば、できれば、法廷外での交渉でこの問題を解決できることがもっとも賢明な方法だと
   いうことです。共益費の先取特権を扱うことは、この世の終わりではありません。
   (Dealing with a common expense lien doesn’t have to be the end of the world.)

(3.2) 機能しない日本の先取特権

管理組合(債権者)が、管理費を滞納している人(債務者)から確実に支払ってもらうために、
     法的手段によって債権の回収を確保することを債権の担保といい、
          そのための法的手段を債権担保手段といいます。

債権担保手段には、(1)人的担保(保証人・連帯保証・信用保証協会などの機関保証)と(2)物的担保があります。
本章で取り上げる先取特権は、区分所有者が所有している住戸を担保物権とする物的担保です。

管理費滞納債権については、区分所有法7条に先取り特権の規定があります。(「7条先取特権」と呼ばれています。)
   とは言っても、日本の先取り特権は滞納共益費の回収のためだけにあるのではありません。
      下記に示す他の債権との競合になります。どれだけの競合相手があるのかを知っておいてください。

(先取特権の内容)
民法第303条 先取特権者は、この法律その他の法律の規定に従い、その債務者の財産について、
          他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する。

1. 先取特権の種類

種類(大分類)目的(対象)民法規定種類(小分類)理由
一般先取特権債務者の総財産 306条1号・307条
306条2号・308条
306条3号・309条
306条4号・310条
@共益費用の先取特権
A雇用関係の 〃
B葬式費用の 〃
C日用品供給の 〃
公平の確保
社会政策的配慮
公 益
社会政策的配慮
管理費等の滞納債権は@の共益費用の先取特権です。(区分所有法7条)
動産の
  先取特権
債務者の特定動産 311条1号・312条〜
311条2号・317条
311条3号・318条
311条4号・320条
311条5号・321条
311条6号・322条
311条7号・323条
311条8号・324条
@不動産賃貸の先取特権
A旅館宿泊の 〃
B運輸の 〃
C動産保存の 〃
D動産売買の 〃
E種苗肥料供給の 〃
F農業労務の 〃
G工業労働の 〃
当事者の意思の推測
当事者の意思の推測
当事者の意思の推測
公平の確保
公平の確保
公平の確保と農業政策
公平の確保と社会政策
公平の確保と社会政策
不動産の
  先取特権
債務者の特定不動産 325条1号・326条
325条2号・327条
325条3号・328条
@不動産保存の先取特権
A不動産工事の 〃
B不動産売買の 〃
公平の確保
公平の確保と意思の推測
公平の確保
337条
338条1項前段
340条
@は保存行為完了後ただちに登記しなければ効力はない
Aは工事を始める前にその予算額を登記することを要す
Bは売買契約と当時に登記しなければ効力はない

不動産の保存のための費用、 または不動産に関する権利の保存・承認・実行のための費用を支出した者は、その費用に関し、その不動産に対する先取特権を取得します。(326条)
ただし、保存行為後、ただちに登記する事を要します。(337条)
この登記は対抗要件ではなく、発生要件です。

不動産の保存と工事は抵当権者の利益にもなる行為であることから、
この不動産の保存と工事の先取特権は、先に登記した抵当権よりも優先されます。(339条)

不動産の工事の先取特権は、工事の設計、施工、監理をする者が、工事によって生じた不動産の価格の増加が現存する場合に限り、その増加額についてのみ存在します。(327条)

不動産先取特権はきわめて煩雑なため、実務では殆ど活用されていない。

2. 先取特権の競合

同じ財産の上に複数の先取特権が存在した場合の弁済順位の決定
(1) 一般先取特権相互間で競合した場合 @共益費用を優先し、以降A〜Cの順位に従う(329条1項)
(2) 一般先取特権と他の先取特権の競合 他の先取特権が優先される(329条2項本文)
   但し、一般先取特権のうち、@共益費用の先取特権だけは、他の先取特権に優先する(329条2項但し書き)。
(3) 動産先取特権の競合は、次の3段階で判定する。
   (3.1) @不動産賃貸,C動産保存,D動産売買等の順で優先順位が決まる。(330条1項)
   (3.2) ただし、第1順位者がその債権を取得した時点で、後順位の先取特権者がいる事を知っていた
      ときは、その後順位の先取特権者に劣後する。(330条2項)
   (3.3) 第1順位者は、第1順位者のために物を保存した者に劣後する。(330条2項後段)
(4) 不動産先取特権の競合 @不動産保存,A不動産工事,B不動産売買の順で優先順位が決まる。(331条1項)
   同一の目的物について、同一順位の先取特権者が複数いる場合は、各先取特権者はその債権額の
   割合に応じて弁済を受ける。


3. 管理費等の滞納債権に関する区分所有法の規定

(A) 7条先取特権

 区分所有法第7条(先取特権)
 「第七条  区分所有者は、共用部分、建物の敷地若しくは共用部分以外の建物の附属施設につき
  他の区分所有者に対して有する債権又は規約若しくは集会の決議に基づき他の区分所有者に対して
  有する債権について、債務者の区分所有権(共用部分に関する権利及び敷地利用権を含む。)及び
  建物に備え付けた動産の上に先取特権を有する。管理者又は管理組合法人がその職務又は業務を行
  うにつき区分所有者に対して有する債権についても、同様とする。

 2  前項の先取特権は、優先権の順位及び効力については、共益費用の先取特権とみなす。
 3  民法 (明治二十九年法律第八十九号)第三百十九条 の規定は、第一項の先取特権に準用する。」

区分所有法第7条第1項は、規約又は集会の決議に基づき区分所有者が他の区分所有者に対してする債権については、 債務者の区分所有権(共用部分に関する権利及び敷地利用権を含む) 及び建物に備え付けた動産の上に先取特権が存在することを規定しています。

第7条第2項は、先取特権の順位は、一般の先取特権の第1順位の共益費用の先取特権と同順位であることを規定しています。 すなわち、特別の先取特権には後れますが、立替えて修理を行った場合には、 その修繕による増加分については特別の先取特権に優先することになります。(民法329条2項) その効力も、第7条第2項で共益費用の先取特権と同様とされ、不動産先取特権も、 登記をしないでも一般債権者に対抗することができますが、登記をした抵当権には後れます。(民法336条)

この先取特権の実行は民事執行法181条以下、民執規170条以下で規定した手続きにより、専有部分 又はその区分所有建物に備え付けた債務者たる区分所有者の財産について競売の申立てをすることになります。 動産の先取特権が実行できるときには、これによってまず弁済を受け、それで足りない場合に、 不動産の先取特権を実行します。(民法335条1項)。 冷蔵庫やエアコンなどの生活必需品は法律上の差押禁止財産ですのでダメです。
自動車も「建物に備え付けた」という条件には該当しないので、これもダメです。
もっとも、動産だけでは明らかに弁済を受けるに足りないときは、 不動産の先取特権から実行することを妨げません。

この先取特権の実行としての競売の申立ては、専有部分については区分所有建物の所在地を管轄する地方裁判所に、 動産については同じ地方裁判所に所属する執行官にします。
競売の申立てに際しては、先取特権の存在を証明する文書として、管理経費について定めた管理規約、 又は集会の議事録を提出しなければなりません。(民事執行法181条1項4号)。 動産の競売の場合は、執行官に、動産自体を提出するか、 動産の占有者が差押えを承諾することを証する文書を提出しなければなりません。(民事執行法190条)。

以上が法律の建前ですが、実際のところ、この先取特権制度は機能していません。

その理由は、動産、不動産ともに、区分所有法の先取特権の優先弁済順位は特別の先取特権ならびに 質権・抵当権等の特別担保権には劣後するので、住宅ローンなどの抵当権設定登記が先になされている場合には、 競売手続は無剰余取消しとなって、滞納住戸の競売は事実上困難です。

債務者の専有部分には抵当権が設定されているのが通常であり、オーバーローンの場合は競売による回収は事実上不可能です。 近年多いのが居住している個人事業主が法人名義で所有している住戸で、その法人が倒産、或いは多重債務者が個人破産した場合など、 住戸には複数の抵当権が設定されているのが普通で、結局は、その後の特別承継人に請求しても、まともに回収できるのはごく一部です。

この間の当事者との交渉は、担保物権法や不動産・所有権事件の経験がある弁護士以外はまず無理です。
経験のない弁護士でも無理で、ましてや素人が扱えるものではありません。

競売物件に、悪質化した高利金融業者、不動産業者等による専有屋(立退料を取得するために引渡命令の物権を専有する者)、 抗告屋(引渡命令等に対する執行抗告を申立て、引渡手続きを遅延させる者)、倒産屋などによる執行妨害が入れば、 高額の費用と長期化は避けられません。

競売屋は競売によって安く仕入れた物件を転売して利益を出すのが目的なので、 管理組合に対する滞納管理費等が裁判所公告の物件調査書に明記されていたとしても、素直に支払に応じる事はまずないでしょう。 管理組合は買受人相手に自分で裁判を起こすしかありません。(筆者が理事長のとき、競売屋相手に本人訴訟で回収した経験があります。)

素人の競売参加者も管理組合にとっては厄介です。 裁判所の執行官または評価人が調査・評価した裁判所公告の物件調査結果については、民法570条但書にあるように執行裁判所は責任を負いません。 素人が裁判所公告を見てマンションの管理人や管理組合に物件を内覧させろと言ってきたり(筆者も何件か遭遇したことがある。対応してはいけない。)、 落札したあと、物件の鍵を渡せと言ってきたりします。 管理組合はこれらに応じてはいけません。当然ながら裁判所でも対応しません。 落札した者が裁判所に物件の鍵を渡せと言ったら、裁判所は自分でやれといいます。

管理組合では不慮の事故や災害時のために全戸の鍵を預かって金庫に保管しています。 競売で落札した者から物件の室内にあった動産がなくなっていた、或いは毀損していた、 鍵を預かっていた管理組合の責任だから補償しろという訴えが出されたことがありました(元の所有者・関係者が持ち出した可能性あり)。 主張の狙いは滞納管理費等の減額交渉です。 裁判官に管理組合が預かっているのはその物件だけの鍵ではなく全戸の鍵だといったら、 管理組合の立場をようやくわかってもらえたという経験があります。管理組合が保管している鍵は絶対に渡してはいけない。

民間の不動産仲介業者なら、物件内部の閲覧、権利関係の整理と説明、物理的な明渡しの保証を行うのは常識ですが、国が行う競売制度では、 これらは全く行いません。競売物件の買受人になるということは最も危険なリスクを自己責任で負うことを覚悟しなさいということです。

民法570条「売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、第566条(地上権等がある場合等における売主の担保責任)の規定を準用する。 ただし、強制競買の場合は、この限りではない」。この570条但書が意味することは、売主の瑕疵担保責任は、競売の場合は負わなくてよい ということであり、「競売物件は疵物であるから、それを承知の上で覚悟して買え」という現行法の理念を忠実かつ明確に規定化した条文です。 日本の競売法制は欠陥だらけで、どうしようもないのです。

老朽化した売れそうもないマンションでは、1998年の民事執行法改正で創設された68条の3で、 売却の見込みのない場合の競売手続き停止措置が取られ、競売手続きは取り消されます。

(B) 59条競売

もうひとつの手段が区分所有法59条による競売請求です。(「59条競売」と呼ばれています。 )
これは管理費の滞納が区分所有法第6条の「共同の利益に反する行為」であるとして、
59条による競売請求を行う方法で、裁判の判例もあります。
59条競売では無剰余であっても手続が取り消されない(剰余主義の適用がない)ことが利点です。

これも、59条の前提が、「共同生活上の障害が著しい」ことが要件となるため、 わずか3ケ月程度の滞納では共同生活障害の証明は無理があり、 1年〜数年の滞納(管理費の時効期間が最高裁判決で5年とされたことから、 長くても5年未満の)期間が必要となります。

さらに「他の方法によってはその障害を除去できない」ことの証明も必要であり、滞納者の悪質性、 督促の回数と方法などの記録を残すことが必要で、大変な時間と労力がかかります。
東京地裁平成18年6月27日判決[判例時報1961号65頁]は、管理組合の59条競売請求を棄却した例です。

もともと59条はニューサンス(nuisance:迷惑・有害な行為・不法な妨害行為)対策として規定されたもので、
他に有効な債権担保手段が法的に準備されていないからやむを得ず、使うのです。
訴えの提起には滞納者の弁明の機会付与を伴う集会決議による授権(特別決議)が必要です。
(参考)  「3.義務違反者への対処」

管理費の滞納は普段に、いつでも、誰でも、起こりうることです。それが人生の現実です。
日本では、現実に向き合う管理組合に法制度の欠陥が更に負担を増しています。

 求められる根本的改革

小手先の対策でやりくりしてきた日本の共同住宅法制度は既に破綻しています。
国連欧州経済委員会 「共同住宅の所有権と管理に関する指針」」の中の「管理組合の組織構造と機能」
で提言しているように、日本では根本的に管理組合の組織構造と機能の再定義から始める必要があります。
その上で、7条先取特権を実質的な債権担保手段として有効にする法改正が必要です。

4.これまで当Hpで取り上げてきた「滞納対策の実務」一覧

全国の管理組合がいままで滞納対策に取り組んできましたが、
今のままでは根本的対策は絶望的です。

滞納対策の実務


 

(2021年8月28日初版掲載・随時更新)
(Initial Publication - 28 August 2021/ Revised Publication -time to time)